12/3 創作物を投げます。
思いつき、衝動性、急発進、冷静
さよならを言いたくなった。
立ち上がって、玄関で慌ただしく靴を履き、そしてふと、我に返った。手のひらにはとっくに握ってしまった車のキーがちゃりちゃりと揺れている。あれ、僕は、何にさよならを言うんだろう。ふと思い立って、それだけだった。それでも、思い立ったことを止めることはできず、結局、まあいいや、と諦めることではやる心臓を押さえつける。ばたん、大きな音を立て、立て付けの悪いドアが閉まれば、目の前には見慣れた手すりと安いコンクリートの床が広がっていた。
足音が響く階段を一心不乱に下る。2階から1階に降りるだけで、一心不乱も何もない気がする。そんなにはやく揺らいでたまるか。まあ、まあいいや、そんなこと。ああ、カンカンうるさいな、いっつも思うけど、ここの階段、もっと静かになんないのかな。
たん、と最後の一歩をやっと地べたに置くと、そばにいた野良猫があくびをしてじいっと僕を見つめてきた。構ってる時間なんてほんとはないけれど、なんとなく手を伸ばすと焦ったように逃げ去っていった。なんだそりゃ。
ああ、いや、こんなことをしてる場合じゃない。
はやく、はやくいかなきゃ、さよならを言いに、どこに?どこだっていい、どこかに!
車のキーは依然としてちゃりちゃり音を立てて、僕の中身を急かしている。胸元が騒ぐ感覚に、正直少し目眩がした。だけど、行かなくちゃいけない。目の前にちらつく死すら無視して、走り出さなきゃいけない。
全て忘れる、その前に行かなきゃいけない。
座椅子の位置を調節し、ブレーキペダルを踏み込む。垂直に走る線をドライブギアにいれ、真ん中に走る線を乱暴に下げた。
ラジオの音が、ワッと騒ぎ出す。ローカルラジオのけたたましさは、正直、あまり嫌いじゃなかった。愉快な広告音声とか、人の声の温度とか。まあ、そういうのが、顕著にあるから。なんとなく。
ふと冷静になった一瞬に、どく、と心臓が騒ぎ出す。ああ、もう、うるさい、うるさいよ、いいから、だまってろ、いや、やっぱ黙るな。心臓が黙ってしまったら、その音をやめてしまったら、自分で発した言葉に、すこしぞっとする。ああ、しねって、こういうことなんだ、と小学生の道徳の授業よろしく、ふと思い立った。
まあいいや、そんなの。それより、もう、行かなきゃいけない。
急がないと、どうにかなってしまう。僕の心臓が、こころが、なにもかも全てが、どうにかなってしまう。おかしくなってしまう。
さ、さっさと走り出して、アクセルペダルをゆるく踏み込んで、それで、それから、それで?
ばちん。
あ、だめだ、今じゃなくていい。
明日だっていいんだ。今日じゃなくていい。
ふと脳天に雷でも落ちたかのような感覚が、僕を飲み込んだ。
そうだ、べつに、今じゃなくたっていいんだ。あの娘のことを考えるのも、アクセルペダルを踏むのも、ブレーキペダルから足を離すのも、座椅子に座るのも、家を慌てて飛び出すのも。
そう、さよならを告げるのも!
なにも今じゃなくたっていい、あしたでも、あさってでも、それが何年後かの遠い遠い未来でも。
今日じゃなくていい、なら。
さよならを、言わなくてもいいなら、それなら、まだ、まだ眠っていたってよかったんだ。
そうだ、そうじゃん、じゃあ、帰ろう。
ああ、なにを焦っていたんだろう。
先ほどまで、がんがんと鳴り響いた警鐘はもうとっくに聴こえない。
心臓の音も、胸の騒ぐ音も、ふしぎなくらい静かだ。
あしたなんてこなくたって、いいんじゃないか、なんて。そんな風に脳みそが呟いた。
ああ、そうかもしれないな、ぼくはかえした。
完
『最後の夜に涙も出さず楽になりたいと、願うんだ』
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申し訳程度に前に書いた文を載せました。
現場からは以上です。
今日中にブログ上がるといーなあ。
くまい